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県連の歴史を学ぶ

石川会長の講義で県連の歴史を学ぶ

   県連常任理事会は3、4月、定例会議の冒頭の時間を充てて県連史の学習会を持ちました。石川賢作会長が、県連史の冊子を準備するなかで作った「日中友好運動史年表」(A4で9枚)をもとにポイントを解説し、各時代の日中関係と自身がかかわってきた活動と県連の主な取り組みを追う形ですすめました。
 
 梅蘭芳の公演も

 日中友好協会愛知県連合会の結成は1964年ですが、全国組織としての協会が発足したのは中華人民共和国が成立した翌50年。石川さんは名大法学部の学生で51年に入会して伊藤三朗さん(県連顧問)らと活動を始め、54年の名古屋支部結成に進んでいます。
 その数年後には中国紅十字会代表団(李徳全団長)の来名(54年)、郭沫若団長の中国文化代表団来名(55年)、梅蘭芳を団長とする中国京劇団名古屋公演(56年)と、各種代表団の来名が相次ぎます。
 こうした中で、中国映画「青春の歌」の上映運動が全国的に展開され、名古屋でも栄の文化会館が超満員で数日後に改めて上映会を開くほどでした。

 愛知県連が産声

「青春の歌」で 

 後に許広平団長(魯迅夫人)の中国婦人代表団が来名(61年)、「青春の歌」の主演女優の謝芳もいて一行の歓迎集会は熱気にあふれ中国にたいする親近感が急速に深まりました。
 この間、広範な団体を結集して超党派の日中国交回復国民会議が結成され、協会は運動の柱に日中国交回復を掲げます。
 著名25氏による「日中国交回復のよびかけ」で3000万署名がスタート(64年)。他方、ベトナムではアメリカの侵略戦争がエスカレートし、日本をはじめヨーロッパ、アメリカで反戦運動が燃え広がりました。 

 愛知県連が産声
 
 こうした情勢の中で同年10月、日中友好協会愛知県連合会が栄のYMCAで結成大会を開き産声をあげます。ここに名古屋支部の活動を引き継ぐ新たな一歩を踏みしめたのでした。

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