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抗日戦争勝利70周年記念座談会

抗日戦争勝利70周年記念座談会

   中国駐名古屋総領事館で7月28日、抗日戦争勝利70周年記念座談会が開かれ、前畑信男さん(88歳、天白在住日中友好協会会員)が「戦争体験と平和の願い」と題して講演をしました。
 葛廣彪総領事はあいさつで、今年は中日両国にとって特別の年であり、その目的は歴史を銘記し革命に殉じた烈士を偲び平和を大切にし未来を切り開くことにあると指摘しました。
 軍国少年だった前畑さんは、15歳で満蒙開拓青少年義勇軍に志願し1943年「満州」に渡って吉林省の訓練所に入りましたが、45年現地で兵隊検査を受け関東軍に入隊させられました。ソ連軍の侵攻、日本の敗戦、武装解除を経て、山岳地帯の逃避行を続けますが、「日本は負けていない。大本営はまもなく朝鮮に上陸する」との情報を得て、山中に立てこもっていた日本軍に合流します。46年には八路軍と戦う国民党軍に合流しますが、捕まって銃殺される寸前に纏足の老婆に救われます。
 無償で働いていた白酒工場から脱出し、敦化市の元陸軍病院跡の「日本人避難民収容所」へ潜入します。秋に中国人民解放軍に参加して国民党軍との戦いに加わり、親しい友人を含む多くの犠牲者を出しながら、松花江・長春・瀋陽・錦州を転戦し全東北を解放します。 この間「戦闘英雄」などで勲章を受章します。喜峰口で万里の長城を越え1949年1月には天津を解放、マラリアに悩まされながら南下して、1949年10月には毛沢東の「中華人民共和国成立宣言」に接します。暮れにはベトナム国境で最後の戦闘があっけなく終結し戦友たちと歓声を上げます。歩いて戦った距離は、最北端から1万五千キロ。 
 退役後、上海の国営企業に勤務して、1958年6月に天津港から白山丸で舞鶴に上陸し帰国を果たします。
 人民解放事業に参加できたことを誇りに思う、戦争の恐ろしさの記憶は今も消えない、歴史を忘れず謙虚に未来を見つめて話し合い悠久の日中友好活動が必要であると締めくくりました。
 講演会場では、華僑総会会長の丁秀山さんはじめ中資企業代表、残留孤児代表、留学生代表らが出席しました。日中友好協会愛知県連から鳥居達生副会長ら3人が参加しました

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