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シリーズ (5) 大府強制連行 これまでに集まった被害者証言について

  地崎組大府出張所での強制労働の証言は、河北大学の劉宝辰教授らが行った聞き取りの記録と、調査団が今回おこなった聞き取りのほかに、北海道訴訟(1999年提訴。2004年地裁・2007年高裁ともに敗訴、2008年最高裁で敗訴確定)での王洪書さんと楊東元さんの「陳述録取書」があります。

 国民党軍の兵士だった王さんは日本軍に包囲されて投降し、済南の新華院に収容され、八路軍の衛生員だった楊さんは、日本軍の掃蕩で捕まり、石家荘に収容された後、青島から船で日本に連行され、1944年4月1日に北海道に到着しました。

 「陳述録取書」は、札幌の弁護士が中国で聞き取って作成しました。「経歴」「収容所」「日本への連行」「日本での強制労働」「日本の敗戦と帰国」「要求」で構成されています。

 大府出張所に関する証言を拾うと―
 「飛行場建設工事をさせられました。労働時間は1日10時間以上で、夜勤もありました。休みは月に2日でした」「(大府事業所では)朝鮮人が泥すくいの仕事をしていました」(王さん)

 「寝るところは建物ではなく、テントのようなところでした。モンゴルのパオみたいなものでした。下に稲わらが敷いてあり、その上に寝るのでした」「同じ班にいた楊洪寛という人が亡くなりました。この人は病気になりましたが、治療も受けられず、薬ももらえないままで亡くなりました」(楊さん)

 北海道訴訟は原告42人の大型訴訟で、王さん、楊さんが法廷に立つ機会がありませんでしたが、録取書は裁判所に提出されました。

 高裁判決は、被害者一人一人について「強制連行の経過,日本への輸送、それぞれの労働現場での状況(労働の内容、宿舎、食事、職員から受けた暴行など)、帰国の経過」が事実であることを認定しています。
 このほか石家荘市の何天義さんが編纂した『
日軍槍刺下的中国労工』に3人の証言が収録されています。調査団がお会いした王連喬さんは、そのうちの一人・姜化民さんが書いた本をお持ちでした。

 帰国後、北海道の女性に「伊屯武華では、鉱毒病が問題になっていました。水銀採掘の労働者は『ヨロケ』にかからないようローテーションを組んで、採掘現場に続けて行かないようにしていた」と教えていただきました。

 伊屯武華事業所では、強制連行の被害者たちは、水銀鉱山から出る水が田んぼに流入して稲を枯らすことがないよう、水銀のため池をつくりました。このとき、水銀まじりの水を飲むことはなかったのでしょうか―。今度、慰霊祭でお会いしたときお聞きしようと思っています。 
                         尾崎 吉彦

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