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偲ぶ会 上

石川賢作さんを偲ぶ会 上

   7月28日(日)総会の後、石川賢作前会長を偲ぶ会を行いました。石川さんが自ら作り上げ、また常任理事会で解説してこられた愛知県連の歴史をたどる「県連史・日中友好協会愛知県連合会65年の歩み」(写真左上隅)が西秀成さんを中心とする委員会で当日に間に合って発刊できたことは何よりでした。
 会は伊藤充久理事長の司会で進行。黙祷を捧げたあと、木俣博副理事長が30こま余の写真をスライドで映写しながら各シーンの説明をし、石川さんの足跡をたどり、鳥居達生実行委員長(県連会長)が石川さんの日中友好運動への貢献と業績を語りました。各界からのメッセージ紹介のあと、森谷光夫副会長の発声で献杯しました。
 来賓のスピーチは実に多彩でした。平井潤一さんは「石川さんとよく似た経歴をたどった。彼が長春の偽満皇宮博物院との交流を開拓したのは特筆すべきこと」と。
 愛知学泉大で同僚だった来島さんは「5年間共同研究した。『現代中国 その理念と現実』(石川賢作著)はとても良い本だ。単なる活動家でなく、理論家だった。『紅楼夢』の文章がきれいなので読みたいと言われた。善隣会館事件の著述ができなかったのは心残りだっただろう」と。若林元学泉大学長は「30年間一緒に仕事をした。私が英語圏を担当し、石川さんが中国関係とバランス良くやった。彼が開拓した北京第二外国語学院との相互留学、あの大学は周恩来が作り、王毅外相も出身者だ」と。
 石川勇吉大府支援する会代表は「一緒にやってきた。父が兵士として出征した謝罪の念と、京都での学生時代に文革の嵐で襲われた毛語録の集団への反感との間で揺れていたとき、賢作さんに打ち明けて相談できた」と。江上博之名古屋市議は「石川さんの相棒だった大橋満男事務局長は爛ンパの大橋瓩世辰拭F邉市との交流の回復を何としてもやりたい」と。
 石川さんの人脈を熟知した伊藤さんの軽妙な司会で充実した会となった。なお、紙面の都合で掲載しきれなかった内容は次号以降でも引き続き掲載したい。
木俣博

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