日中文化交流

中国の旅

皇姑屯事件博物館参観記

招かれざる客

 名古屋国際空港で、上海行きの出発時、突然、相手先から電話があり、中止を余儀なくされた。とは言えせっかくのチケットを無駄にしたくない。9月11日〜23日までは中国に滞在できる。
 そうだ、瀋陽に行こう。瀋陽には、月に何回か日中友好新聞(全国版)に記事を送っている永井淑子さんがおり、昔留学生で関係深かった王賀英さんもいる。
 80歳老人の一人旅、その日、空港の国内線の売り場では、「老人は付き添いがなければ飛行機に乗れませんよ」などと若い女性から言われた。国内線の料金が違いすぎるので、私が戸惑い、決めかねているのを見てのことであろう。まあ、とにかく夜のうちにチケットを手に入れてホッとひと息。
 翌朝、空港の荷物検査で、若い検査官が私のガラケーを手でぶら下げて「これはなんだ?」と。この国では、老いも若きもスマホ、スマホだ。
 2時間半後に瀋陽飛行場に、さらに2時間後には瀋陽師範大学にいた。キャンパスは実に広々としていて、川が流れ、木陰のベンチに女子学生が3人、私は声をかけ、一人でここへ来たいきさつを話した。一人の学生が一歩前に出て「あなたの言いたいこと、私分かります」と言ってくれた。
 その一言は私を励まし、元気づけた。私の中国語力はもともと上等ではないうえに、老人のザラザラ声で音声がちいさい。私は永井、王さんの携帯番号を教えた。学生たちは手分けして2人を呼び出そうとしたが、どちらも駄目だった。そこで私はしばらく考え、「外国語学院の事務室に行けば連絡も早くつき、私の身分もわかってもらえるだろう」と提案した。 
 すると今度は彼女たちが頭を抱えた。後でわかったのだが、彼女たちは、工学部の大学院生で外国語学院のことはあまり知らなかったかもしれない。やがて一人が「ちょっと待ってて」という仕草をして駆けて行った。彼女が間もなくして戻り、いっしょに外国語学院とは別の事務室に入った。女性の事務員が笑顔で「連絡が付いたから大丈夫です」と言ってくれた。
 やがて永井さんが来た。永井さんに連絡がつかなかったのは、ケータイ番号の間違い(私のミス)、王さんの場合は、新疆旅行からの帰りの飛行機の中で通信が不可能だった。瀋陽飛行場から大学まで一時間半。王さんは大学の近くに住んでおり、荷物を家においてそのまま駆けつけてくれた。
 王さんと永井さんは、迷惑そうな顔ひとつ見せないで、この「不速之客(招かれざる客)」に笑顔を見せてくれた。
 
 筆を執りながらふと思う。「付き添いがなければ飛行機に乗れないのよ」と言ったチケット売り場の娘も、「あなたの言いたいこと私分かります」と言った女子学生も、老人に対するいたわりという点で、共存するやさしさと厳しさがあるのではないか。…思い付きで一人旅をした自分の心の中に潜んでいるおのれの傲慢さを恥じる次第である。
 なお、一つ書き落したが、王さんが直ちに長春に住む旧友の王玉昆に連絡を取ってくれた。数日後、王玉昆、王賀英と私の三人は、王賀英さんの案内で,大学に近い「御陽春」という文人好みの料亭に落ち着き、邂逅を喜び合った。
       田中稔(扶桑)

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