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上海、北京駆け足旅行 

   1月17〜19日、岩田十士岐阜県連理事長(81)に妻と同行して上海、北京の旅に出た。 17日、早朝の飛行機で上海へ。出迎えを受けた呉越さんは、有名な呉昌碩先生のひ孫。呉先生は中国の清朝末期から近代にかけて活躍した画家、書家、篆刻家で、清代最後の文人。詩・書・画・篆刻に精通し「四絶」と称賛され、中国近代でもっとも優れた芸術家と評価されている。
 上海中心部の摩天楼に囲まれた中の「呉昌碩記念館」を訪問し、呉越さんが描かれた花の画賛の色紙をプレゼントされた。そして、曾祖父は犹誉筬瓩噺世錣譴燭、もう一つ、すぐれた教育者でもあった、と。私たちは事前に相談し、お抹茶がお好きなので上海で点てて差し上げる準備をしていった。ちなみに、日本のお菓子、拙作の「清風万里」と削った茶碗、竹細工をしていた叔父(紀藤智岳)が発明した茶の木で作った茶杓。呉越さんは若いときから何度も訪日され、呉昌碩回顧展やご自分の個展で岩田さんと交流が続いている。
 再び空港へ送って頂く。渋滞が激しい。呉さんが、上海では車は150万円程として、ナンバーの取得にまたそれくらいかかり、しかも無制限には発行しないので順番待ちだという。急激な車両の増加を食い止めるためだ。 北京では市内への流入を減らすために、奇数と偶数のナンバー車両を日替わりで許可している。北京のガイドの陸清さんは、一日おきだとややこしいので現在はもう少し周期を延ばした。慢性的な渋滞にうんざりして自分も車を持ってはいるが、仕事には使わず、地下鉄などで通勤している、と語った。
 午後4時の便で北京に飛び、前門飯店に宿泊。ここは京劇がテーマのホテルで、1階に劇場、エレベーターにも梅蘭芳の写真が。ちなみに朝食は「芳蘭庁」で。
 翌18日早朝、08年に日中友好協会主催で日本各地を巡回公演した「北京風雷京劇団」の松岩団長が、渡米前の慌ただしい時間をぬって自らの運転でお迎えに。岩田さんは多くの知人から「お父さん」と呼ばれているが、この人もその一人。劇団の再興を岩田さんが後援し、今では、親戚付き合いだ。早速胡同(フートン)の中にある風雷京劇団を訪問。ビルの1階が劇場、2階が衣装室等で、さながら生きた京劇の資料館だった。
 18日の万里の長城(慕田峪)は快晴で無風、日本リアリズム写真集団の理事でもある岩田さんとバシャバシャとシャッターを切る。ついで八路軍が作った焦庄戸地下道という農村の地下の要塞を見学してホテルに戻った。 そこで、05年の愛・地球博で岩田さんと中国館の設営等に当たられた北京市対外文化交流局の孫波さん、かつて岩田さんの折々の通訳者だった「北京雑技団」の王暁穎団長と会食した。岩田さんは、この人たちが若いときからずーっと世話をし、文化交流を続けてこられた。
 19日は、朝一番で故宮を見学し、文房四宝(筆硯紙墨)の名店が並ぶ琉璃廠へ。今回は私は岩田さんの随行で、北京は初めて。孫波さんにも陸清さんにも、北京は秋9月中旬から10月いっぱいが「天高く馬肥ゆる」最高の時節だと言われた。ぜひ再訪したい。
    木俣 博

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