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平和と友好の中国東北旅行 ◆,修裡

戦犯管理所

   続いて猊鐔腓隆饑廰瓩良饌罎箸覆辰拭嵒鐔臉鑒抜浜所」へ。
 戦後ソ連から引き渡された戦犯を収容し、受刑者の立場にたち、理性と人間性を取り戻させるための十分な過程をとりいれた施設でした。屋外の芝生や屋内の劇場などスポーツや文化面まで配慮されていました。
 日本で戦犯・捕虜をこのように扱う度量があったでしょうか。

ここまでむごいことができる

   閉館の時間(午後4時)に迫られて遺骨館のみが見学できた「撫順平頂山惨案記念館」は死屍累々で、ここまでむごいことが出来るのかと暗然としました。湯さんが「牾ЩΔ靴泙任靴覆韻譴个茲ったのに瓩噺世人がいるが、良心的な戦争など無く、侵略そのものが必然的に悪なのです」と語ったのが印象に残りました。ここでは皆で献花し、黙祷しました。献花処の壁面の「前事不忘、後事之師」という周恩来の言葉を胆に銘じなくては、と考えました。
 平頂山といいますが、山というより村の近くの高台にすぎず、ここに集められた村民が、見せしめのため虐殺されたのでした。
 
次号につづく
   (文責:木俣)

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