日中文化交流

中国の旅

台湾旅行記(上)

 2月27日から3月3日にかけて日中友好協会愛知県連合会が企画した「台湾の歴史・文化・自然探訪の旅」4泊5日に参加した。初めての台湾である。中部空港から3時間、台北空港に降り立った。

旗を畳め!

 バスに乗車の際、参加者用に目印の日中友好の小旗を広げようとした瞬間、ガイドの李燕光(62)は「(小旗を)すぐたため。台湾を知らないのか」と叫んだ。風貌もいかつく、強い口調の案内人の登場に、大変な案内人に当たってしまったなと思った。

 バスでマイクを握った第一声が「皆さん、お願いがあります。台湾と中国は違います。これだけは理解してください」最終日の最後の言葉もそれだった。…日がたつにつれ、彼がユーモアに富む知日家で政治経済にも通じた名ガイドだと理解できた。

 有力な説では、台湾の先住民は南太平洋系で、北上したものは日本のアイヌとなった。2日目の台湾博物館で聴いた先住民(九族:実際は十五位の部族)の口琴(ムックリ)はアイヌと全く同じ音色、織物の文様や木工品もよく似ている。熊祭と鹿祭など…。そして身体能力に恵まれながらも、「文明」の利器である武器の差によって侵略者にしだいに滅ぼされていく様も似ている。

歴代皇帝の至宝

 初日、2月27日の故宮博物院では有名な「翠玉白菜」をはじめ歴代皇帝たちが権力の誇示のためあるいは芸術文化への憧れから中国六千年にわたって収集した至宝を鑑賞した。時間が不十分な中、李燕光氏は実にてきぱきと上手に解説された。

 日本での習慣で、写真が撮影禁止の分、図録を購入して補おうとしたがほとんどなく、日本の『別冊太陽・台北 故宮博物院』が並んでいる有様だ。『故宮100選・皇帝の至宝』と『品味故宮・書法の美』の2冊を買うのが精いっぱい。

 キーホルダーなどの複製のお土産は多いが、本が売れないのも時の流れか。最近は観光客が多く、展示室を減らして食堂や喫茶室を増している。展示品の掛け替えも減っているそうだ。でもじっくり時間を取ってまた見学したいと思った。

  台北 故宮博物院

228記念集会

 2日目は今回の旅のこだわりの「228記念集会」の会場へ。…といっても機動隊が和平公園を制限したので、台湾独立派のデモ行進を見たり228記念館を見学し、学習した。
 日本帝国の50年に及ぶ統治が第二次世界大戦の終結により終わったが、中国本土からやって来た「祖国」の軍隊は暴虐の限りを尽くし、その後40年にわたって台湾を恐怖政治で支配し、「犬(日本)が去って豚(中国)が来た」と風刺された。「先住民」にとって、鉄道敷設なども含め“功罪 ”のあった日本が比較して好まれるが、「好日的」とは比較の問題であり、それに甘え、すべてを許していると都合よく解釈してはならないだろう。

活気ある士林の夜市

霧社事件の舞台に

3日目は台中方面に移動。1930年10月27日早朝、武装した先住民が霧社公学校の運動会を襲撃し、百数十人を殺害、日本側も報復し、700人を殺害した「霧社事件」の現場を訪ねた。霧社は台湾統治の要衝であり、日本帝国の台湾支配史上最大の汚点といわれた。
 ここのすぐ近く、台湾随一の景勝地・日月潭を訪れる人は多いが、霧社を訪れる観光客はほとんどいない。
(つづく)

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