− 県連・支部だより
♪けしの花♪
戦前、満州国と並び、内蒙古に蒙彊政府という傀儡政府があった。
北京の北200キロぐらいのところに張家口がある。万里の長城の北辺の守りとして重要な大境門があるところである。長城の外側の山なみの向こうには大平原が広がっている。そこに張北という小さな街がある。今は河北省の一県であるが、そこに私は敗戦の年までいた。小学校(当時は国民学校)1年から5年までである。父は蒙彊政府の下級役人であった。この傀儡政府は、あまり知られていないようであるが、アヘンの原料であるけしの花を土地の農民に栽培させアヘンにより巨額の利益を上げ、それを中国侵略の関東軍をはじめ日本軍の軍資金にしたのである。私は、まだ子供であったので街の外(中国では城外という)に広がるけしの花を単に美しいと思うだけで、その恐ろしさを知らなかった。蒙彊政府は秘密裏にそれを行っていたのである。
私は、歴史に学ぶ立場から、日中の共同研究によって、この事実が全面的に明らかになることを望むものである。私事になるが、昨秋男の兄弟ばかり七人で、六十数年ぶりに、そこを訪れた。街を囲っていた城壁はなくなり、高速道路ができ、北京の金持ちの夏の別荘地帯として急速に変化していた。けしの花のことはまったく忘れ去られたようである。浦島太郎の気持ちもかくありなんと替え歌をつくった。
張北行
昔々兄弟は母に連れられモンゴルの父の待ってる張北へ
見渡すばかりの大平原
ジンギスカンの古戦場
らくだに羊にけしの花
何も知らずに過ごしたり
戦に負けて逃げ出せり
苦難の旅は何百里
一人も死なずに故郷へ
いつしか過ぎた六十年
生きてるうちにと意を決し
兄弟七人張北へ
訪ねてみれば こはいかに
元いた家も町も無く
ただ賑やかな街通り
残るは古い井戸ばかり
二〇〇九年秋
旧居住地 張北を訪ねて
鳥居 達生