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中国の旅

皇姑屯事件博物館参観記

事実は小説よりも奇なり

  事実は小説よりも奇なりで、「張作霖爆殺」は物語性に富んだ事件ではあるが、列車の転覆はまぎれもない犯罪行為であり、当時の法令では死刑を含む重大犯罪である(大江志乃夫『張作霖爆殺』)。 因みに高級参謀河本大作は、「高級参謀」は外されたものの満鉄の理事になり、満州国の設立のために東京と長春の間を行き来した。また河本大作の「高級参謀」の肩書は板垣征四郎にそのまま引き継がれ、石原莞爾やその他、高級幹部たちと「学習」を続け、その「成果」は3年後、31年9月18日悪魔の炎となって燃え上がった。
 関東軍の話で紙面をとりすぎた。皇姑屯事件博物館に話を戻す。
 当館は敷地2000屐建築面積826屬脳型の部類だろか。2015年9月開館、ことしで三年目である。中国で皇姑屯事件とよんでいるこの事件は、十分物語性に富み、同時に歴史認識の上からも無視できないものである。前段は東方会議を中心とした日本情勢、及び蒋介石に次いでナンバー2にのしあがった張作霖の話。事件そのものの説明解説、レプリカで中国夫人と日本婦人の二人が話をしている、どんな会話を交わしているのか想像するのも面白い。後段は張学良が蒋介石の南京政府と合同して、大学をつくるなど近代化路線を追求するなど、読み取ることができよう。
 惜しむらくは、すべてが中文(中国語)である。ある程度この事件をご存じの方は、漢字を拾っていけばそれなりに楽しめるが、ほとんど知らない方も、緊迫した雰囲気の中で、写真や地図、グラフ、レプリカを見ているうちに、勉強してみたいと思うであろう。私自身ずいぶん認識を正された、もう一度行って丁寧に見てみたい、と思っている。
 すっかり疲れた頭で裏庭に出ると、なんとそこには破壊されたままの車両が、当時の状況さながらに置かれていた。中国東北の九月、突き抜けるような深く明るい青空が、今は昔、関東軍の愚かな陰謀を照らしていた。       (完)
  
田中稔(扶桑)

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