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長春の旧建築を訪ねて(下)
今も各分野の機関が活用
松村路を右折し人民大街の方へ東進すると、北に面して鳥居があった。どう見ても確かに鳥居である。縦の柱は石柱であるが横木はコンクリート造りであった。この鳥居が昔のままここにあったものなのか移築されたものなのか分からないが、縦横のバランスから言っても鳥居であることは疑う余地がない。
鳥居を門にするのは合理的ではあるが、俗界と神聖な場所との境目が単なる門になってしまうのは妙な感じである。しかも、侵略戦争推進の国家神道のシンボルとしての鳥居と政府機関の幼稚園の門である。ここ長春では偽満時代の主要建物がほとんどそのまま政府機関として使用されている。現在の吉林省共産党委員会は旧関東軍司令部、吉林省人民政府は旧関東軍憲兵隊司令部の建物なのだから不思議ではないかもしれないが、しかし、異様である。
その後、人民大街を工農広場まで歩いたが、鳥居を発見した喜びはなかった。日本の犯した歴史の誤りに酒を飲み続ける以外なかったのである。
幼稚園
長春在住 家田 修
12年10月6日 記