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きりえ

きりえ運動草創期の思い出(7)

すばらしい愛知の活躍

 愛知のきりえ運動に私が特に注目しだしたのは和歌山に帰った後、1973年の第5回コンクールのころだったと思います。

 73年の第5回紙上コンクール以後、愛知県からの応募者が増え、入賞者もだんだんふえだしました。77年の第9回コンクールでは佳作に四十物喜久子さん、坂部信子さんが。そして翌年の第10回では四十物さん、坂部さんが佳作、西村好美さんが努力賞。79年の第11回では坂部さんの作品が優秀作品に、西村さんと近藤育子さんが入選しました。そして80年の第12回コンクールでは、坂部さんと塩野谷美津留さんが優秀作品に選ばれ、西村好美、早瀬ふさ子、荒木史子、伊藤恵子、伊藤鐘子、四十物喜久子、瀬古明さんら多数の皆さんが入選されました。こうした12回コンクールから20余年後の今日、昨年のコンクールでは、愛知のみなさんの入選作品数が他の全国の応募作品を圧倒し、全国トップをいく勢いを見せるようになりました。

 愛知の活躍は今や全国の注目を浴びるようになりました。私が愛知が特にすばらしいと思う理由は、たくさんの愛好者を結集し、優秀な作品を相次ぎたくさん生み出してきたこと、そしてきりえ運動のみなさんが、日本のきりえ活動の母体である日中友好協会の愛知県連に固く結集されて活躍されているということにあります。

 きりえ制作の皆さん、愛知県連の役員、会員の皆さんに心から敬意を表しつつ、文章はうまくまとまっていませんが、これで終わりたいと思います。みなさんのさらなるご活躍とご健康をお祈りいたします

(おわり)
  橋爪 利次(元本部事務局長)

 

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